Scene 2.



月も星も出ていない暗闇の中で、小さなふたつの光が旅人の周りをぐるぐると飛び回っていました。



「赤よ! 絶対に赤!! だって旅人さんの体に流れる血潮はとってもとっても赤いもの!!」

「いいえ、青だわ!! 旅人さんの瞳の奥はどんなに澄んだサファイアよりも青いもの!!」



ふたつの光は森の妖精でした。
旅人にはふたりの見分けは付きませんでしたが、幸いにも声が全然違っていたので簡単に聞き分けることができました。



「りんごを知らないの? りんごは赤くてとってもおいしいのよ!」

「あら、林檎くらい知っているわ。でも林檎が竜の鱗よりも価値のあるものであって?」



二人の妖精は緑とも紫とも付かない、蝶のそれに似た美しく光る羽を忙しなく羽ばたかせては、めまぐるしく旅人の視界の中を出たり入ったりしていました。

そして両方の耳の傍でやかましくわめきながら、訳の分からない問答を何度も何度も繰り返していました。



「竜? 竜は青いだけじゃないわ。遥か北の地には赤い竜だっているのよ!
それに竜だって真っ赤なぶどう酒を飲むでしょう?」



遠くから見ていた時にはぼんやりとした灯りのようでしたが、こうも目の前で飛び回られては妖精の光は目に染みるほど眩しいものでした。



「あんなに大きな口で葡萄酒なんか飲んだらたったの一口で樽が空っぽになっちゃうわね。
真っ青に光る泉の水を飲んでいるに決まっているわ!」




絶え間ない光と声に目も耳も休む間がなく、気が滅入りそうになりました。
しかし、ここで足を止めては余計に付きまとわれるだけなので、旅人はひたすらに歩き続けていました。



「「旅人さんが一番好きな色はどっち!?」」



彼女たちを心底うっとうしく思っている旅人にとっては、この質問は本当にどうだっていいものでした。
しかし、ここで無下に扱っては女王の気を損ねるかもしれないとも思ったので

「青だ。私は空と海をこよなく愛している」と答えました。



「嘘」「嘘よ」



旅人が咄嗟にでっち上げた嘘は瞬きもしない間に見破られました。
青と答えたのは、どちらかと言えば、青好きの妖精の方がまだ話が通じそうな気がすると旅人が考えたからでした。



「好きな色なんてない」「嫌いな色さえもない」



妖精たちは見透かしたように囁き始めました。



「あなたの心は空っぽなの」
「あなたの内にはなんにもないの」


「何もないなんてことがあるのかしら、お姉さま」
「何もないなんてことはないでしょう。色がないものなんてありはしないもの」



「いいや、色がないものだってある」



「ふぅん、それは何?」
「教えて旅人さん」



「北風だ」



「「風!!」」


風と聞くやいなや、ふたつの光は悲鳴をあげて一目散に森の奥へ向かって逃げ出してしまいました。
どちらが先に逃げ出したのかまでは分かりませんでした。





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