「珍しいな」


最初に聞こえたのは自分自身の声でした。



「父さんのことを夢に見るなんて」



最初に目に映ったのは、もうすっかり見慣れてしまった天井でした。
この木造で安っぽいつくりの建物をジョッジュは少しだけ気に入り始めていました。

しかし、ジョッジュの心は今この時に限ってはこの仮住まいではなく、
失われてしまった夢の世界に向けられていました。

ジョッジュはまぶたを閉じました。
もう一度だけあの光景を取り戻そうと、意識を現実から遠ざけ、沈ませていきました。
闇の中に記憶の断片が浮かびます。
モーリーが先ほどまでと変わらない穏やかな顔で現れ、微笑みかけました。


「父さんは……」



次に聞こえてきたのは、宿舎の外から鳴り響いた轟音でした。
巨大な生き物がぶつかり合い、魔法使いが叫び声を上げました。

小さな独り言はかき消され、ジョッジュは気を損ねてベッドから跳ね起きました。



(ここに来てどれほど経っただろうか……
毎日毎日、こればっかりだ)


この次元ではプレインズウォーカーたちによる戦いが終わることなく繰り返されていました。
それは他の次元で見られるような命のやり取りではなく一種のスポーツのようなもので、使役できる呪文の種類に制限を設けるルールもありました。


ジョッジュが窓の外を覗くと、そこにはいつもと変わらない平和な街がありました。
戦いは思ったよりずっと遠くで行われているようでした。



(鎌虎……ゼンディカーの野生動物だ。
被覆に分類される力を持ち、比較的少ない量の緑のマナで召喚できるため
魔法使い同士の戦いでは重宝することがある……

そんなことは知っている。そんなことが知りたいわけじゃない。
僕は納得のいく答えが知りたい。
父さんがあれほどまでに執着していた……その理由を。)



この次元には鎌虎を従えた魔法使いは何人もいました。
しかしそのいずれもが常勝のプレインズウォーカーというわけではありませんでした。



(初めは、鎌虎が非常に強力な……最強のクリーチャーだからではないかと考えた。
僕がここに来た日、鎌虎を従えた魔法使いが次々と他のプレイヤーを倒しているのを見てその仮説が合っていたのだと喜んだ。
…………ぬか喜びだった。
鎌虎を使っていて負けた人も大勢いた。)



身支度を整えると、ジョッジュは一際大きな音の響く方角へ向かって歩き始めました。


不自然なまでに優しい光が人工の空を照らしていました。
街は魔力を必要としない高度な機械によって綺麗にされていました。
ジョッジュは木造の宿舎を改めて少し憎らしく思うと、溜息をつきました。












「……ねえ、ダディ」


「ジョッジュ、眠れないのか?」


夜も更けた頃。子供部屋を見回りに来た父親にふいに声をかけたのはジョッジュでした。


「うん。 ……1つだけ、聞きたいことがあるんだ。いい?」


モーリーは息子との目線が近くなるように、かがんだ姿勢を取りベッドに両ひじをかけました。


「もちろん。何が聞きたいんだい?」


父親の穏やかな表情を前に、ジョッジュは少しだけ後ろめたいような気持ちに包まれました。
それでも、もう後には引けないのだと自分自身に言い聞かせ、モーリーに問いかけました。



「カマトラって…… 何?」


一瞬、モーリーが険しい顔を見せました。そして溜息をつきました。


「しょうがない奴だ…… 一体、そんな言葉をどこで覚えてきたんだ?」


ジョッジュは口元を潜り込ませ、両手の指先と顔の半分だけをベッドから覗かせました。
そして顔色を伺うようにじいっとモーリーを見つめましたが、
モーリーが返す視線に耐え切れなくなると、すぐに目を逸らしました。


「やれやれ、困ったもんだな」


もう一度、溜息をつくと、モーリーは再び穏やかな顔を見せました。


「いいよ、教えてあげよう。特別にだぞ」


その言葉を聞くと、ジョッジュはまだ口元を隠したまま、目を輝かせました。


「鎌虎はな、とても大きな虎だ」


「……虎?」


ジョッジュがわずかに口を開きました。


「そうだ、虎という生き物がいる。とても大きな猫だ」


「……うん、知ってる」


「その虎よりももっともっと大きな虎が、鎌虎だ。
しかも、その両手には普通の虎にはない2本の大きな鎌を持っている。
鎌虎はこの鎌で2つのものを刈り取るんだ」





「1つは、土地の命だ」


「土地の……命? どういうこと?」


「ジョッジュ。おまえは今、土地の上にいる。大地と言い換えてもいい。
おまえが生きているのと同じように、この大地も生きている。土地は生き物と一緒なんだ」


「……よくわからないよ」


「草も木も、そして花もみんな地面から生えているだろう?
それは土地が生きているからなんだ。
すべての生き物は土地に生かされている。土地にはそういう力がある。
だが土地が死ぬと、草も木も、花もみんな枯れて死んでしまう。
これが、土地が生きているということだ」


「…………わからないよ」


「鎌虎はその一部…… ほんのちょっとの部分を刈り取る。
ほんのちょっとだ。心配する必要はない。
そして、次に2つ目だ」


「ねぇ、怖いよ…… ねぇ、ダディ……」


「2つ目だ」


「嫌だよ…… もうやめようよ! ダディ!」


「鎌虎は、生き物の命を刈り取る」


「うう…… ダディ……」


「殺すということだ」



「ジョッジュ。おまえは牛の肉を食べる。サラダも食べる。
お菓子だって元を辿れば、材料は全部生き物の命だ。おまえはそれを食べている。
それと同じことだ。
鎌虎はおまえと同じことをしているだけなんだ」


「怖いよ…… 嫌だよ……」


「恐れることはない。鎌虎は我々と共にある。
感謝の気持ちを忘れるな」


「嫌だ! そんなのわからないよ!」


「……今日はもうおやすみ、ジョッジュ。
いずれわかる日が来る。その時になったらまた話をしよう」


「………………」


モーリーは嫌がるジョッジュの頭をくしゃくしゃと撫でると、
もう一度おやすみと言ってドアをそっと閉めました。








「虎になったジョッジュ」



とある次元のとある場所、ここにジョッジュという名の少年がやってきました。

ジョッジュはプレインズウォーカー(一般の魔法使いよりも遥かに強大な魔力を持ち、次元を渡り歩くことが出来る者。生まれつき「プレインズウォーカーの灯」を持っている者のうち、さらにわずかな者のみがプレインズウォーカーになることができる。)でしたが、他の生き物を従えてはいませんでした。



ここに1人の男がやってきました。
この男もまた、プレインズウォーカーでした。

男は言いました。「俺の《Polar Kraken》が1番強いぜ!パワーを11も持っている。屈強なプレインズウォーカーも2発でノックダウンだ!」



これを聞いたジョッジュは、「すごい。パワーが11もあるんだ。きっと最強の生き物に違いない。」と思いました。



しかし男は、他のプレインズウォーカーが召喚した《氷河屠り/Jokulmorder》にあっさりと負けてしまいました。

《氷河屠り/Jokulmorder》はパワーが12もある巨大なリバイアサンでした。



これを見たジョッジュは、「すごい。《Polar Kraken》がまるで紙切れのようだった。きっと最強の生き物に違いない。」と思いました。


しかしその直後、《氷河屠り/Jokulmorder》はパワーが13の《クローサの雲掻き獣/Krosan Cloudscraper》に紙くずのように引きちぎられてしまいました。

《クローサの雲掻き獣/Krosan Cloudscraper》はクリーチャーの中で最も大きなパワーと4本の腕を持つ巨大なけだものでした。



しばらくの間、この《クローサの雲掻き獣/Krosan Cloudscraper》を倒せるものは現れませんでした。

それでもジョッジュは、《クローサの雲掻き獣/Krosan Cloudscraper》を倒せるものを待ち続けました。


「あんなに強かったクラーケンもリバイアサンも、いとも簡単にやられてしまった。きっと、もっと強いものがいるんだ。」



ジョッジュが考えたとおりでした。
《クローサの雲掻き獣/Krosan Cloudscraper》は《破滅の刃/Doom Blade》の一撃の前に倒れてしまいました。



続いて《破滅の刃/Doom Blade》を放ったプレインズウォーカーは、《鎌虎/Scythe Tiger》を召喚しました。

《クローサの雲掻き獣/Krosan Cloudscraper》を召喚したプレインズウォーカーは、
「ならばこっちも!」と《破滅の刃/Doom Blade》を唱えようとしましたが、《鎌虎/Scythe Tiger》に届くことはありませんでした。


《鎌虎/Scythe Tiger》が被覆(呪文などの対象にならない能力)を持っていたからです。



ジョッジュは「すごい。どんなに大きな生き物だって《破滅の刃/Doom Blade》は耐えられない。被覆を持っている鎌虎こそが最強の生き物なんだ。」と思いました。



しかし、このときジョッジュは気づいていませんでした。
もっと恐ろしい神……

KOURINのWURMが既にこの次元へ来ていたということを……






(つづく)



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